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zoom RSS 山中湖・文学の森・その2(三島由紀夫文学館他)

<<   作成日時 : 2006/09/26 18:08   >>

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     <三島由紀夫館内中庭・アポロン像 2006/9/21撮影>

山中湖文学の森に到着して暫し野の花をカメラに収め、皆に遅れて急ぎ三島由紀夫文学館へと足を運んだ。

何故この山中湖に三島文学館があるのか不思議に思うが、ご遺族の方が彼の功績を残したいという意向と、山中湖村が富士山と湖の他に文化施設を建てたいという希望が丁度合致して、徳富蘇峰館に引き続き平成11年に三島文学館が開館したと言うことだ。
富士山と山中湖の辺にあるこの静かな森の中は、彼の文学館を建てるのに最適の場所として選ばれたのであろか?思索する知の書斎としてこの森の中は素晴らしい環境である。
この文学館の中には、自宅をモデルにした洋館の文学館に、著作品をはじめとして、創作ノートや原稿、遺品などが収蔵されているとある。

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館内に入って其処から見える中庭には、ギシリア神話に出てくるアポロンの裸像が立っている。肉体の美しいアポロン像。アポロンはゼウスとレトとの子で、男性的な神であり、音楽・医術・弓術・予言・また光明の神として、太陽と同一視するとある。
この芝生の中庭に降り立ち筋肉隆々としたアポロン像を見ると、若しかしたら由紀夫の過去世の姿だったのではないかとさえ錯覚してしまう。庭を囲んで縁には白い花が咲いているが、これはオトコエシ(男郎花)であろうか、この地を飾るに相応しい男らしい白い花である。
あとで調べて分ったが、『彼は初めて海外渡航し、ハワイ、南米、パリ、その後「憧れに憧れた」ギリシャの聖地・デルフィへと雄飛し、そこでめくるめく感動を覚えた三島は「アポロの杯」にその思いの丈を書いている』とある。そして『敗戦に日本精神の希薄化状況、アメリカ化への絶望が「暗い洞穴」であり、「初めて太陽」を、世界人類史の民主主義発祥の地ギリシアに見た。』とある。やはりこの中庭にあるアポロ(ン)像は彼にとっての理想郷であったのだ。
三島由紀夫文学紀行その1 ヴァチカン

            <オトコエシ(男郎花)>
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さて、文学者としての三島由紀夫の人となりはもう周知の如くで、10代初期から小説を書き始めた類稀なる秀才、そして東大法学部を出て大蔵省に入り9ヶ月で辞め、その後小説家としての活躍が始まる。精悍な顔立ちと美しい文章を書く三島の文学は多くの者を虜にした。華奢な身体だった彼が結婚後ボディービル、剣道などに勤しみ、その後独特の美学追求するナルシストの如き生き様を思わせた。憂国思想は愛国主義の方向へと進み、盾の会を設立して、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内で有名な三島事件を起こし、バルコニーで自衛隊決起を促す檄文を撒き、演説をしたのち割腹自殺した。、バルコニーの彼の姿はテレビでも放映され、丁度見ていて強烈な印象を受けたものだ。当時彼は45歳であった。今現在生きておれば81歳であるが、彼のおじいちゃん姿はとても想像出来るものではない。彼は何時も彼なりの美と哲学を追求していたのであろうが、敗戦後の日本の行く末を憂い、そして武士としての潔い死に様で己の最後を飾った。もしかして読者層の狭い界の筆としての限界を感じたのだろうか、最後に己の身を持ってテレビと言うマスメディアへと、より多くの人に日本の行く末を訴え、自らの意思を貫いたのだろうか?彼の強い眼差しは、ひとえに敗戦した日本の魂を憂い、これから進むべき日本の姿を凝視しているようである。

三島由紀夫


「冨士の雲つねに流れてつかの間も心おちゐぬ山中の湖」(与謝野晶子)

「撰集を選みしよりの山の秋」(高浜虚子)


館内は撮影禁止であるので残念ながら画像がないが、『平成8年度に山中湖村が購入した三島由紀夫の資料は、直筆原稿、創作ノート、書籍、雑誌、映画ポスター、シナリオ、演劇プログラムなど、約1,500点に及びます。例えば、遺作「豊饒の海」(四部作)の直筆原稿や創作ノートに加え、未完小説「第一章ミラノ或ひはルツェルンの物語」や未発表資料「青垣山の物語」、「潮騒」の取材メモ、そして学習院時代の作品や遺品など。とくに9,000枚を数える直筆原稿には、未発表のものも多く、創作ノートとともに三島文学を理解する上で貴重な資料といえます。』と案内してある。

                 <コウゾリナ>
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映像コーナーで「世界の文豪三島由紀夫」を上映していたが、其処を見ずに一人早めに館の外に出た。限られた時間内に少しでも近くの野の花と触れたいと思い、次の徳富蘇峰館に入る前の30分近くを小川の辺の散策にまわした。

                  <森のせせらぎ>
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広いこの森の中には他に徳富蘇峰館、風生庵、蒼生庵、情報創造館と建っていて、「あかいとりことり池」から森の中を抜けて「森のせせらぎ」と呼ばれる小さな小川が流れている。
この川に沿って湿地を好む植物も生えているようである。
傍まで行くと、つる性の小さな白い花が咲いていて、初めて見るセンニンソウであった。若しかしたらこれに良く似たボタンズルかもと思ったが、キンポウゲ科の綺麗な花のようで、葉の形からセンニンソウであった。このセンニンソウは畑と森林の境目や水路の周辺などによく生育しており、やや水分を好むツル植物とある。キンポウゲ科の植物には有毒であるものが多く、これも触れるとかぶれるとか教えてもらっていたので傍でまじまじと見た。

                   <センニンソウ>
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そして木漏れ日の当たる小川の辺に行くと必ず咲いているツリフネソウ。流れの中にもその独特の形の赤紫の花が今を盛りと咲いている。湿気を好む花で秋の野山に行くと必ずお目にかかる植物だ。これはホウセンカやインパチェンスの仲間で、種に触れたら勢い良く弾き飛ばしていたが、流石黄色は見つからなかった。

                  <ツリフネソウ>
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少し繁った中にある小豆か大豆の葉っぱの蔓性の植物。帰宅してしっかりと見たら小さな青い花が付いていたが、最近ある方のブログで知った「ヤブマメ(藪豆)」だった。

                    <ヤブマメ>
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他にもこの頃名前を見知った植物に出会え、この散策の30分は他の方より多く植物に触れられて一人充実した時であった。このあと蘇峰館を見たのち、句碑歌碑を巡る園内散策の1時間が予定されているが、園内には80種以上の樹木と70種以上の草花が生育しているとあり、これからまたどんな草花に出会えるか楽しみであった。


「敗戦の国を憂いて魂を捧げ永久なる由紀夫の文学」

「中庭のアポロン像を思わせて三島由紀夫の画像の裸は」

「せせらぎの辺に白き仙人草初めて見る花秋の野の中」

「音も無く一日秋雨降り続く長袖着るもなお肌寒き」

「文学の森の木漏れ日差し込める小川に咲ける釣船草は」

「三度目の開花となりて月下美人五輪の花の狂わしき香の」


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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
一花さん、女郎花って知ってましたがオトコエシ(男郎花)ってあるんですね。この花ゴルフ場で見かけたような気がしますが、違うのかもしれません。
ニンニクソウも真っ白で可愛いですね。綺麗な花にトゲでなく毒(かぶれ)ですか。80種類の草花があるって楽しみですね。
彦左
2006/09/26 20:13
凄いですね。本来の吟行会をチョッとサボって山野草の探索。短時間で随分初めての花を見つけたようですね。デコ顔負けですね。
明日も、その3が有るのですか?何の花が出てくるか、楽しみですね。
デコウォーカ
2006/09/26 21:58
 一花さんは三島由紀夫氏の文学館もご覧になったのですね。僕は恥ずかしながら、彼の作品をひとつも読んだことがありません。
 荒俣 宏氏の「帝都物語」にも彼は出てきますが、なかなか面白い役回りですね。
 さて、ヤクシソウに似ている、という草、葉のかたちからすると、ヤクシソウではないですね。断定は出来ませんがコウゾリナに似ているような気がします。センニンソウ、ツリフネソウ、ヤブマメ等いろいろ野の花に出会えて良かったですね。
なおさん
2006/09/26 22:16
彦左さん、こんばんは。こちらにもコメント有難うごいます。
実は私も女郎花しか知らなかったのですよ。でも皆さんのブログでオトコエシ(男郎花)と言う名の花がある事をつい最近知ったのですよ。きっと彦左さんもゴルフ場でご覧になってらっしゃるかも知れませんよ。ああ〜これかって。私もこれを昔から見ておりましたが、名前は知らなかったのですヨ。名前の由来は、オミナエシ(女郎花)と対比させてつけられた名前で,オミナエシに比べて強壮な感じがするからとか、また別の説では、オミナエシは女飯(おみなめし)で黄色い粟ご飯、オトコエシは男飯(おとこめし)で白い米のご飯ともある。って教えて戴いたのですよ。それとセンニンソウって仙人草と書きますが、この花後に仙人のような髭が出来るのだそうですよ。髭はまだ見た事が無いのです。キンポウゲ科って綺麗な花が多いですが、毒があるようですから注意ですよね。
彦左さんへ
2006/09/26 23:18
デコウォーカ さん、こんばんは。こちらにもコメント有難うございます。
そうなんですよ、皆さん一生懸命ビデオや資料をご覧になってらっしゃるのに、30分もさっさとサボって、山野草散策して写真撮影でした。仙人草とツリフネソウ、ヤブマオ他色々あって、シメシメ〜〜とニンマリ〜でした。でも本来の吟行会ではまるでだめ〜〜で、やっぱり神様は日頃の行いを見てらっしゃったみたいでしたヨ。でも私がデジカメで撮影したものを、これから資料を作って皆様に旅行記念として作って差し上げる予定なんですよ。ありゃりゃ〜〜、この記事にサボったこと書いてありますよね〜。まずいですが、其処は綺麗なお花で皆様が満足して下さるかも知れません〜〜。
デコウォーカ さんへ
2006/09/26 23:25
すごいですね。山野草を見て、名前が浮かぶなんて。女郎花、男郎花、センニチソウこれは、たまたま、先日覚えたばかりの花。楽しみも倍加すると思います。
hanahhana1952
2006/09/26 23:39
なおさん 、こんばんは。一日雨で寒いでしたね。お疲れの所コメント有難うございます。
なおさんは立原道道、堀辰雄など詩的で綺麗な柔らかい雰囲気の文学作品お好きでしたね。三島由紀夫の潮騒、仮面の告白、金閣寺などは有名ですが、頭が良すぎて文章も心理描写も鋭利な刃物って感じですよね。好き嫌いがあるのでしょうね。私は何でも屋で、色々な人のものをあれこれです。
彼の著書はすごくたくさんありますね。そして何でもこなし、美を追求したのでしょうね。今調べたら、「アポロの杯」と言うのも朝日新聞社に掲載していました。アポロ像が此処にあるのも頷けました。
ヤクシソウですが、花はニガナに似ていてヤクシソウを調べたのですが、葉が違う感じでした。それとコウゾリナ、これも調べたのですが、トゲがあるようでしたが何件か調べてやはりコウゾリナのようでした、この種類似ておりますね。お手数おかけしました〜有難うございました。
そうそう、3度目の月下美人が昨日5輪咲いて、今日1輪咲いていますよ。なおさんちもそろそろでしょうか?もう今年はこれ迄でしょうね。
なおさん へ
2006/09/26 23:43
hanahhana1952さん、こんばんは。コメント有難うございます。昨日に引き続き長くて申し訳ありませんね〜。hanahhana1952さんみたいなシンプルがベストなんですがお喋りカラスとでも思って下さいませ〜。
とんでもないです〜山野草の名前は難しいですよね。本来は山野草好きなんですが、育てるのが下手で〜。皆様のブログで教えて貰って、先ごろ仙人草、オトコエシ、ヤブマメなど見知ったので、感謝感謝ですヨ。お母さまも白玉星草、屋久島薄など育ててらして、山野草にhanahhana1952さんも見慣れてらっしゃるのではありませんか?山野草は園芸種と違って、可憐で野の風情が優しく奥がありますよね。見るのはとても楽しみなんですよ。
hanahhana1952さんへ
2006/09/26 23:52
アポロンの像は写真でしか見たことがないのですが、ここの像の画像が前面と背面があるので並べてみると、光の関係なのか背面の方が肉体美を表しているように見えますね、それからここのコウゾリナは一度花を切られた後の二度目の花のように見えますし、花の感じは山に生えるミヤマコウゾリナに少し近い花のようにも見えます。
OSAMI
2006/09/27 11:50
千葉のおいどんと申します。綺麗な写真ですね・・・当方は紙芝居を作っています。お暇な時お立ち寄りください。
「おいどん」
2006/09/27 16:48
OSAMIさん、こんばんは。コメント有難うございます。
アポロン像は私も此処で初めて見ました。何故此処にアポロン像があるのか不思議でしたが、由紀夫が「アポロ杯」と言う小説を書いており、其の中に戦後の脆弱な魂となりアメリカ化した国を憂い、ギリシアで見たアポロ像他に肉体美を見て、其処に民主主義の原点を見たとか書いてありました。己の肉体を鍛える事で日本の魂も心も国も富まそうとしたようで、彼の理想郷だったのでしょうか?私も画像をもう1回アップで見ましたが背後が美しいですね。
コウゾリナって深山のものも有るのですね。ネットで見ましたが、良く似てますね。そしてこの画像はアップで見ましたら花が切られておりました。花後の汚いものは切り取られたのでしょうね。ミヤマコウゾリナとコウゾリナの花は私には同じように見えますが専門的に何処か違うのでしょうね。葉は深山の方が太いような気もします。一体どちらでしょうね?一応前のままコウゾリナとしておきましたので・・また良く調べてみますね。アドバイス有難うございます。
OSAMI さんへ
2006/09/27 19:20
「おいどん」さん、こんばんは。初めまして。面白いお名前で、薩摩の西郷さんがよくオイドンが〜と使ってらっしゃいますが、薩摩のご出身ではいらっしゃらないみたいですね。紙芝居ですか?子供向けかと思いましたが、大人向け政治思想紙芝居ですね〜 。トンと政治に疎くて〜頭もボケ気味です〜。紙芝居なら丁度いいかもしれませんネ。学問は不得意ですので・・。また暇な折伺わせてくださいませ〜。写真褒めて下さってありがとうございます〜、たまたま自然の美しい所を撮りましたので、自然体で綺麗に仕上がっておりますヨ。
おいどんさんへ
2006/09/27 19:27
私が馬込の環七近くに住んでいたころ、JR【当時は国鉄)大森駅前でよく三島に会いました。寿司屋で会ったこともあります。もちろん声をかけるでなく単なる行きずりに出会ったに過ぎませんが、作家としてすでに大成していた彼の迫力は相当な緊張感をもって感じたものでした。駅前から荏原町まで東急路線バスが出ていてよく利用していまようです。大田区では作家の足跡を辿る石碑をたてて道しるべとしていますので、吟行にもいいのかな。
目黒のおじいちゃん
2006/09/30 05:56
目黒のおじいちゃん、こんばんは。こちらにもコメント有難うございます。
おじいちゃんも以前馬込にお住まいだったのですか?馬込文化村って呼ばれていたのですね。駅や寿司屋で行きずりで遭われていたって想像すると面白いですね。彼があんな事件を起こした時はびっくりされた事でしょうね?大蔵省に勤めていて作家活動と平行し、身体が脆弱だったので寝不足で駅の電車ホームから落ちたとか書いてありましたが、その後作家一筋で大成したのですね。兵役免除となるような、か弱い体だった彼が結婚後身体を鍛えて肉体美となって皆さんビックリなさったことでしょうね。顔も迫力あり、見据えた眼差しは鋭く、きっと凡人には分らない日本の未来を憂っていたのでしょうね。本だけでなく色々活躍してますね。大田区では石碑が立っているのですか?都内には他の有名人の文学散歩道があって、私の知人もあちこちお出かけされてますよ。また何時か暇になったら出かけて見たいです。色々珍しく貴重なお話と情報を有難うございました。普段こんなお話は誰からも聞けませんが、ネットだからこそ、こんなお話も聞けるのでしょうね。
目黒のおじいちゃんへ
2006/10/01 00:38
そうですね。頭髪を剃リ早足で眼光鋭く大森の街を闊歩する姿は異様でもありました。思いつめて単身行動を決意した壮絶の三島、そしてノーベル賞作家の栄光の陰でやはり思い悩んで自らの命を絶った川端。師弟に共通する最後とは
心底どんなものがあったのでしょうね。ところでコメント誤りがありました。
馬込文士村が正しいので訂正します。
目黒のおじいちゃん
2006/10/01 07:20
目黒のおじいちゃん、こんばんは。又わざわざこちらにもコメント有難うございます。川端も三島も日本的美しい文書を書き、文学作品として素晴らしいですが、やはり色々あって頭が良い作家は思考過程が計れないほど深く、悩み苦しみがあったのでしょうか? 
馬込文士村なんですね。色々教えて下さって、其の上わざわざ何度もコメント有難うございました。
目黒のおじいちゃんへ
2006/10/01 20:11
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