一花一葉

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<<   作成日時 : 2006/10/12 21:37   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 10

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10月10日の午後、都立陵南公園で暫く休んだのち武蔵野御陵へと向かった。この時期の秋の陽射しは結構厳しいが、大樹のケヤキ並木が御陵入り口まで続き木下蔭は暗く涼しい。
ケヤキ並木が切れると広い駐車場があり、車止めの柵があって入り口となる。動物、飲食禁止事項などが書かれてあり思わず身を正したくなる。此処から玉砂利が敷かれて、踏み歩くたびに音がして足が取られるようで歩き難く、端の方へと自ずと寄っていく。

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鬱蒼とした大木の杉並木が続き、山側の左道端には山水が滴って湿り、木の根元には一面スギ苔のようなものが生えて所々に黄色のキノコが出ている。道の右端の杉の根元にも同様に緑の絨毯のように苔が一面広がってふかふかとしている。 「苔の生すまで」と言う歌の一節があったと思うに、緑の苔には木漏れ日が射し込んで光を放ち、まるで光苔のような不思議な様だ。

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道なりに植えられた杉木立の中はひっそりと静もり、奥に進みゆくたびに緑が深く、空気がひんやりとして気持ちまで厳粛になってくる。
カメラを撮っていたら向こうから守衛の警察の方が歩いてこられ、思わずまずいかなと一瞬躊躇ったが、カメラ禁止事項はなかったようで、その方に再度聞いたら「ああ〜〜良いですよ。写真公開も構わないです。」とそっけない返事であった。

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途中で分かれ道があり、並木道が切れて武蔵野陵の案内標識に従って右手の方に進むと、目の前が急に明るく開け、遠くの真正面に大鳥居があり、更にまた奥にも鳥居が見えた。抜けるような青空と樹木の緑を背景に、こんもりとした大きな丸い葺き石が見えた。

                     <昭和天皇御陵(武蔵野陵)>
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これは上円下方墳と言うそうで、昭和64年1月7日に崩御された昭和天皇の陵で、この場所に平成2年に増設されたそうだ。現人神から太平洋戦争を挟んで象徴としての天皇となられた昭和天皇。激動の昭和史を背負って生きられた天皇の一生は、我々一般庶民には到底計り知れない。後継者問題で揺れていた天皇家にも男子継承者が生まれられてまた安泰のようで、亡き天皇達も心安らかにこれでまた深い眠りに就いておられることだろうか?

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          <香淳皇后(武蔵野東陵)>

その昭和天皇の武蔵野陵の右側に当たる東側に、2000年(平成16年)に崩御された香淳皇后(武蔵野東陵)が仲よく並んで埋葬されてあった。お二人の御陵の大きさと形はどちらも同じであった。
御陵の手前には、警察官が常駐して警戒に当たっていて、24時間体制だとか話しておられた。
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                 <大正天皇の多摩御陵>

またその武蔵野陵の少し手前から更に奥に進むと、大正天皇の多摩御陵と、その東側に貞明皇后の多摩東御陵がある。こちら側は随分と幹が赤い松が多くて姿形も良いようだ。此処が最初に作られたので、それなりに樹木が多いようだ。

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今までの歴代天皇の御陵は京都御所周辺の近畿地方に集中していたが、大正天皇の御陵がこの多摩の森に置かれて慣例を覆したことから、当時大変なニュースとなったと書いてあった。東京に皇居があるのでこちらに御陵があるもの頷ける。
昭和2年に大正天皇御陵としての多摩御陵が建立され、その後124代天皇の昭和天皇の御陵が出来、現在では此処は武蔵野陵と呼ばれている。
そして八王子の甲州街道の沿いの銀杏並木は、昭和2年(1927年)2月に多摩御陵が造営されたのを記念して植樹されと初めてその謂れを知った。

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玉砂利を踏んで歩くのは随分と疲れて、それでも端を歩いたが、帰りの足はすっかり重かった。御陵を出て橋の手前の刈り込みの中に赤い花が2輪咲いていた。この時期珍しいと思ってみると、ツツジのようでもあり、それともかサツキの残り花だったのであろうか?

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橋を渡った公園で少し休んでいると、植え込みの中、結構目立つ黄色の花があった。一体何の花かと思って近づくと、ヒペリカム・ヒデコートの残の花が4〜5輪未だ咲いており蕾もあった。半日陰の場所だったので、こんな時期まで咲き残っているようだ。

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この日の秋の昼間は随分と日差しが厳しかったが、日の入りも早くすぐ秋の一日は暮れていった。
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「玉砂利の敷かるる杉の樹の続く緑深むる御陵への道は」

「静謐の中を歩み見る御陵鳥居の向こう上円下方墳」

「昭和史を背負いて崩御の武蔵野陵緑の中に深く静もる」


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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
厳粛な気持ちになるときは、いろんなものを背負いながらも、何も言わずに耐えた生き様をみたとか、なにかその歴史的意味を知っているときと思います。背筋を正した生き方がばかばかしいと思われる昨今、そういう生き方をなされた方を思いますね
hanahhana1952
2006/10/12 21:53
 一花さん、やはり昭和の歴史が眠るところということで、特別な思いがあるのでしょうね。僕も2度ほど行ったことがあります。もうしばらくして、ケヤキの紅葉の時期はなかなか見事でしょうね。
 府中の大国魂神社もケヤキは有名でしたね。
なおさん
2006/10/12 22:55
hanahhana1952さん、こんばんは。コメント有難うございます。何故か此処の御陵は深閑として静まって、奥底の自然に還っていくようなそんな場所のような厳粛な気持ちにさせられてしまいます。何故でしょうね。きっと樹木が多く木の精?が棲んでいるからかも?とも。魂の故郷のような樹木に囲まれた良い場所に御陵があるのですね。、心落ち着いた場所で色々と考えさせられたことは確かです。生まれを選べない生き方、その後どう生きるか、結局は自分次第ですよね。自分で自分史を毎日作って生きていますよね・・・。
hanahhana1952さんへ
2006/10/12 23:27
なおさん、こんばんは。コメント有難うございます。
此処は昭和史が眠るところですが、特別な思いと言えばそうでしょうね?
青春時代は昭和だったのですから・・・私も此処は以前来た事があり、これで3回目です。ケヤキの紅葉には未だ出合っていませんが、大国魂神社のケヤキは有名ですうよね。
なおさんへ
2006/10/12 23:32
激動の昭和史を背負って生きて来られた昭和天皇・・・男子継承者が生まれられて、きっと心安らかに深い眠りに就いておられることでしょうね。
コスモスの花が穏やかに咲いています。
庭花
2006/10/13 06:13
一花さん、昭和天皇御陵(武蔵野陵)や大正天皇の多摩御陵そして周辺のとても美しい緑木や緑の苔など見せていただいて堪能しました。私の友人が関西の御陵のブログを書かれていて興味を持って見せて頂いていますが、流石昭和天皇陵は立派ですね。初めて見ました。
関西にある天皇陵のブログは
http://31814.at.webry.info/
彦左
2006/10/13 11:01
庭花さん、こんばんは。お久しぶりです〜。コメント有難うございます。
天皇家の後継者問題で国会は随分と揉めていたようですが、ヤレヤレでしたね。なかなか男子出産って思うようにいかないものなんですね〜。うちは男の子2人でしたが、2番目はきっと女の子だと決めていて、全部赤い服を用意していました。そして赤ちゃんの名前と歌♪(夫が下手なギターで〜〜T_T)/~~~)も作ってあったのですよ〜〜。昭和天皇もお墓ならぬ古墳の中でまた深〜い眠りについてらっしゃることでしょうね。コスモス画像はちょっとボケ気味で、秋風にちょっと揺れてしまいました。庭花さんに穏やかに咲くと見て下さって、流石この頃感性が研ぎ澄まされてらっしゃいますね。穏やかな心持などを花に託して表わしたかったのですが・・
庭花さんへ
2006/10/13 19:16
 一花さん、お久し振りです。ようこそ、八王子へお越し下さいました。
 あの辺り、殊に浅川を渡ると別世界ですね。武蔵野陵の文字は今話題の秋篠宮殿下の筆になるものですよね。

 私は6日に甲州街道の御陵入り口より少し東の高尾警察の側でギンナンを拾って来ました。
デコ
2006/10/13 19:25
彦左さん、こんばんは。何時もコメント有難うございます。
こちらの御陵は、未だ見られた事はありませんでしょうね。関西でいやと言う程天皇家の古墳群を見てらっしゃいますね。皇居がこちらに出来て明治天皇まではあちらに古墳があり、やはり東京のお膝元と言うことで大正天皇からこちらの武蔵野地帯に御陵が出来て当時ニュースになったそうです。
結構此処は植樹など手入れされて広く、何もかも厳粛な感じでしたが、4箇所とも上円下方墳で全部同じ大きさと形でした。(皇后様の分も同じ大きさでした)この周辺は警察の方の警護で守られて、整備されて美しく保たれ、近寄りがたい感じでしたよ。関西の古墳のブログの方は例の彦左さんのPC仲間の世話役さんでしょうね。何時か拝見させて戴きましたが、すごいお勉強家の方ですよね。また、伺わせて戴きますね。私は神社や山、古墳史跡など静かな所が好きで、良く若い頃から出かけて見ておりますが、この頃花の世話で忙しいです・・。
彦左 さんへ
2006/10/13 19:32
デコさん、こんばんは。お久しぶりです〜。4月の中旬に、「春の台」でコメント戴いてましたが、ご無沙汰でした。デコさんは八王子にお住まいの方でしたか?八王子は未だ自然があちこち残っていて良いですよね。そして、みなみ野や南大沢や城山手など新しく団地が出来て市としてとても広いですね。(知人が城山手に住んでおります。ここの武蔵野陵の裏手のようです)
>武蔵野陵の文字は今話題の秋篠宮殿下の筆になるものですよね。
そうでしたか?やはり何かご縁がおありだったのでしょうね?
銀杏祭りって、ネットで調べましたら11月からのようで、先日出かけた折、小さな実があちこち落ちて潰れてました。地元にお住まいの方が、かぶれるので拾いませんとかバス停で仰ってましたが、美味しいですよね。デコさんもお好みでしたか?警察署の前って皆さん遠慮なさりそうで、若しかしたら穴場?かも知れませんね?収穫ドッサリ〜と重かったことでしょうネ。多摩森林科学園も良い所ですね。花好きなデコさんは良い所にお住まいなんですね。またお暇な折、どうぞお喋りにいらしてくださいネ。

デコさんへ
2006/10/13 21:14
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