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zoom RSS ススキ&タカノハススキ(鷹の葉薄)

<<   作成日時 : 2006/10/03 19:01   >>

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           <鉢植え・タカノハススキ>

この時期、身近な平地そして野山の何処に行っても見られるススキ。山上憶良が万葉集で詠んだ「秋の七草」のなかには「尾花」として二番目に挙げてある。万葉集では、ススキは「をばな、かや、み草」と呼ばれ、また穂が出初めの尾花を「花すすき、はだすすき」と詠まれている。

「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花」(万葉・巻八・1537)

「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」(万葉・巻八・1538)

そしてまた万葉集の巻十では
「人は皆萩を秋といふよし我は尾花が末を秋とは言はむ」(万葉巻十・2110・作者不詳)と萩より尾花が末(ススキの穂先)こそが秋の風情だと愛でている。

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            <鉢植え・タカノハススキ>     

のちに万葉集の2110の歌を受けてか、「枕草子」の六十五段の「草の花は」の中で、撫子、女郎花、桔梗、朝顔、刈萱、菊、壺すみれそして竜胆、萩、夕顔等を愛で、「これに薄(ススキ)を入れぬ、いみじうあやしと、人言ふめり。秋の野のおしなべたるをかしさは、薄こそあれ。穂先の蘇枋にいと濃きが、朝露に濡れてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。・・」
と清少納言もススキのことを愛でて書いている。

その後大正時代に作られ、大衆歌謡として人気を得た「船頭小唄」の歌詞に、「己は河原の 枯れ芒 同じお前もかれ芒 どうせ二人はこの世では 花の咲かない枯れ芒」がある。そしてそれを受けて昭和49年の狂乱物価の頃に、「昭和枯れススキ」と言う歌がまた流行った。
「貧しさに負けた、いえ世間に負けた」で始まって、「花さえも咲かぬ二人は枯れすすき。苦しみに耐える二人は枯れすすき」と枯れススキが歌われて、花も咲かず白い穂が秋風に靡き綿毛となって風に飛んでいく儚く哀れなイメージの枯れススキは人生の落伍者みたいなイメージを持ってしまった。(参考までに丁度同じ時には、「母に捧げるバラード」(武田鉄矢)と「ひと夏の経験」(山口百恵)の歌がヒットしている。)

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          <野辺の普通のススキ>

さて、芒は荒地や道端、空き地など至る所に生えてきて邪魔者扱いで、その鋭い葉の淵に触れると、カミソリで切ったような鋭い痛みを伴って手を切り忽ち血が滲む。小さい頃からそんな思いを知っていたので、迂闊に葉には触らなかった。しかし穂先は丁度良い途中から抜くと、すーといとも簡単に抜けて、よく道端に子供達が戯れて抜いた穂先だけが打ち捨ててあった。

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           <野辺の普通のススキ> 

だが毎年、旧暦の8月15日に当たる十五夜には(今年は10月6日)、月見団子や芋、栗などを盛ってお神酒を供え、必ず芒や秋草の花を飾って月を祭っている。月と月見団子、そして芒は欠かす事の出来ない十五夜のイメージを盛り立てる草花である。今年もあと3日で十五夜だが、其処此処の空き地や道辺に逞しく蔓延っている嫌われ者のような芒が活躍する場である。そして、すっと背の高く細いススキとお月様は絵になりやすいようで、日本の秋の優しい野の風情を醸し出すイメージで、昔から日本画などに書かれている。古の人も好んだ懐かしくちょっと侘しさのある野の風景である。

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             <家の近くの普通のススキ>  

もう遠い昔の思い出だが、私が高校の頃には体育授業の一環として「妙円寺参り」と言うのがあった。ジャージ姿で約20キロの距離を市内から妙円寺まで朝から延々と全校生徒列を作って、国道脇の小道と山道を歩かされたものだ。
時期は10月中旬で、稲の刈り入れも終わっていたようで、道端には丁度薄や刈萱が繁っており、秋真っ盛りであった。その行事は高校の3年間あり、心身の鍛錬として市内の何処の高校でも実施されていたものだ。今でも続いていることだろうか?
その時歩きながら歌った妙円寺参りの歌があった。「1、明くれど閉ざす雲暗く  薄(すすき)刈萱(かるかや)そよがせて 嵐はさっと吹き渡り  万馬いななく声高し・・・・・22、無心の蔓草今もなお 勇士の血潮に茂るらん 仰げば月色縹渺(ひょうびょう)と うたた往時のなつかしや」と1番から22番まであった。その時習って歌った「芒と刈萱」を目の前に見つつ、汗を拭って歩いた思いの中の芒に、今までにない強靭な逞しさを感じたものだ。

妙円寺参りとは『関ヶ原の合戦に西軍方として参戦した薩摩の島津義弘公が東軍の陣中を敵中突破した故事に由来して行われている行事で、照国神社(鹿児島市)から徳重神社(日置郡伊集院町)までの約20kmを歩いてお参りする。鎧姿で歩いて参拝し志気を鼓舞し心身を鍛錬するもので今も受け継がれて、鹿児島の3大伝統行事である。毎年10月の第4日曜日に行われ、今年は10月22日に当たる』と言う。

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                <タカノハススキ・斑入り葉>

そして茶道では茶花として愛でられているススキがある。こちらのは普通のススキの園芸種で白い斑が入る「鷹の葉ススキ」と呼ばれている。ヤバネススキ(矢羽根薄)、またはヤハズススキ(矢筈薄)、トラフススキ(虎斑薄)、ゼブラススキの別名がある。普通のススキと違って切花として利用され、自宅でも育てられている。

ススキは強靭で蔓延り、普通のものはなかなか庭に植えられるものではない。鉢で根が殖えない様に注意してこじんまりと育てた方が良いが、すぐ根が鉢に周り、穂の付き方が悪くなってしまう。我が家の鷹の葉ススキは去年から植え替えをしていないので、今年も2本の花穂しか付かなかった。ススキは変異が多いそうで、鉢としてこじんまりとした屋久島ススキがあり、他に縦に白い縞の入る縞ススキ、葉の細いイトススキなどもある。そして普通野原で見かけるススキの穂にも、小穂の基部の毛が紫色のものがあり「紫ススキ」と呼ぶそうだ。

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            <ススキの花>

ススキはイネ科で、花は肉眼ではあまりパッとしないが、写真を撮って見ると稲の花に似ていて納得であるが、この花時の穂先に黄色の花粉が付いている期間はほんの何日かしかなかったようであった。

以前9月中旬に出かけた八島ヶ原湿原。その時期にはもう草花は殆ど見られず、湿原の周りを埋めていたのは薄であった。普通に見る薄の穂は白っぽいが、今来た道を振り返って見た薄の穂は逆光として秋陽を受けて銀の穂に輝いていた。

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           <八島ヶ湿原・ススキ>
タカノハススキ 2005/09/26

<タカノハススキ(鷹の葉薄)>
イネ科ススキ属
学名: Miscanthus sinensis 'Zebrinus'
英名: zebra grass
原産:日本、東南アジア
別名:ヤハズススキ(矢筈薄)、トラフススキ(虎斑薄)、ヤバネススキ(矢羽薄)、ゼブラグラス
花期:9〜10月
性状:多年草耐寒性 

「道端に広がり一面丈高し尾花が末は秋風に靡く」

「金色の小さき花咲く細き穂の尾花が末の二本のみ見る」

「振り返る薄が原に逆光を受けて穂波は銀に耀く」

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
一花さん、タカノハススキって初めて知りました。ススキにも種類があるのですね。普通よく見かけるのが、すごい群生の八島ヶ湿原・ススキのようです。
私は、ススキが大好きで、娘の家にも沢山あるので今度写真をと考えています。和歌山にも「生石高原」というススキの名所があります。少し遠いのですが何度か行きました。
彦左
2006/10/03 19:56
高校生の歌が面白いねえ。旧制中学ののりですね。私の高校も旧制中学で、のような歌があったような気がします。想いが紅顔の美少年時代(笑)に馳せますね。今はちなみに厚顔かも。枕草子や後世の家人が万葉集をとらえ歌するのは、教養人的で、もっと感性でと思うのは、私だけですね・・・。一花さんに叱られそう
hanahhana1952
2006/10/03 20:33
八島ヶ原湿原は何処に有るんですか?
白い斑が矢羽に似ているのでヤバネススキ(矢羽根薄)と教わりました。随分色々の名前で呼ばれるんですね?
デコウォーカ
2006/10/03 22:25
 一花さん、ススキも秋草の中では渋いものですが、好きなものです。春の芽出しから、枯れ姿まで風情があるもので、いいですね。綺麗な花が咲く草も良いのですが、僕はこういうのも大好きなのです。写真写りのよい草で、絵になるものですよね。
 穂が出ないうちも良いのですが、やはり穂が出てからの風情が良いものです。
 うちでは、子供の頃はススキも活けてお月見もしましたが、この頃ではわざわざ月見の宴などということもしなくなりました。
 ススキ草原に寝転んで、満月を見たい、という気持ちもあるのですが、なかなか叶わないことですね。

 うちでは、ミニの屋久島ススキでガマンです。
なおさん
2006/10/03 22:29
彦左さん、こんばんは。こちらにも早速コメント有難うございます。
小さい頃はススキは一種類だけだと思っていたのですが、後にタカノハススキと言う斑入りがある事を知りました。葉が綺麗で活けると結構様になるのですよ。うちの画像のものは手入れしてなくて、残念ながら良いヤハズ模様が出てきていなくてすみませんね。本来のものはもちょっと良い模様ですよ。彦左さんはススキがお好きでしたか?私は小さい頃から見慣れて手を切ったりであまり良い感じがしなかったのです。でも秋風に靡く様は柔らかく、秋の野の風情として日本画に取り入れてますね。しっとりとした秋の余情を感じるようで、良いですよね。ススキの画像アップ、楽しみにしていますね。
彦左さんへ、
2006/10/03 23:34
hanahhana1952さん、こんばんは。コメント有難うございます。
高校の歌でなく、これは妙円寺参りの歌なんですよ。これを習って歌いながら、皆せっせと歩かされたのです〜。そしてこれは体育の授業の単位で、よっぽど病気でない限り歩かされて、サボりが出来ませんでしたよ。そんな〜旧制中学でなく普通の男女混合の高校でしたよ。少し女性が少ないでしたが〜。歌が古めかしいので〜〜そんなイメージ持ってしまいますね。でもちゃんと75調になって詩形になってますよ。
hanahhana1952さんは昔は紅顔の美少年で今は厚顔でしたか?ホント年々厚顔無恥〜になって、私なんかボケ進行中です〜〜。
万葉も古臭いようですが結構面白いですよ〜。歌をするなら、やはり万葉は避けられませんよね。
hanahhana1952さんへ
2006/10/03 23:46
デコウォーカ さんこんばんは。コメント有難うございます。
八島ヶ湿原は未だお出かけなった事がないのですね。夏場は結構色々な花が見られて良いですよ。この写真の時は9月中旬でしたよ。タムラソウは沢山咲いていましたが、ススキだけでした。
此処は車山から降りた所ですが、霧ヶ峰八島ヶ湿原です。ネットで八島ヶ湿原を検索されると出てくると思います〜。私はまるで方向音痴で何時も夫が運転して出かけますのですみません〜・・・。
タカノハススキは沢山名前を持ってますヨ。ススキの画像はデコウォーカさんの富士山をバックに写したものが最高ですね〜。
デコウォーカ さんへ
2006/10/03 23:59
なおさん、こんばんは。コメント有難うございます。
去年は沢山なおさんのススキの画像アップを見せていただきました。
花が咲いた画像は金に耀いて見事でしたね。
写真に撮ってみると、やはり写りが良いですね。ススキも穂がないとやはりだめですね〜。十五夜はうちも子供が小さい時はお団子作ってましたが、この頃は買ってきたり、ススキを花瓶に挿すだけです。このところお天気が余り良くないでが6日はどうでしょう。
なおさんちは屋久島ススキで、ナンバンギセルと同棲でしたね。
なおさんへ
2006/10/04 00:05
ススキのオンパレードですね、ススキは単純なものかと思っていましたがなかなか興味深いところがあるようです、参考になりました。
OSAMI
2006/10/04 07:55
ススキの群生の八島湿原にはまだ云った事がありません。
高原の秋は早足ですからね〜〜
一花さんはそれでもいい時期だったのではないですか?
中央道で行くとやはり諏訪南から入るのが一番近い?かしら・・
我が家のナビは八島湿原では出てこないので霧ヶ峰で検索です。
ススキもなかなか風情があるものですよね〜
私は イトススキ がいと、好きになぃもしたがよ。
あれなら鉢に植えて他と寄せにしてもよか、みたいじゃんね。
某新聞のマイガーデニング10月号でイトススキ&ドイツアザミ&アカバセンニチコウの
寄せ植えがでていましたが、なかなか風情があいもしたぁ〜
一花さん家のダンギクにTBをかけさせて戴きました。
我が家もやっと、かなり遅れて花が開きましたよ。
nobara
2006/10/04 10:49
OSAMIさん、こんにちは。コメント有難うございます。
ススキは邪魔者かとばかり思ってましたが、昔の人は好んだようです。
葉に変形があって、小ぶりなものが山野草愛好家いは好まれ、ナンバンギセルなどと寄せ植えされているようです。
他昔は屋根材のほかにも、炭俵用、家畜の飼料用などとしてもよく利用されたので、身近にあるのですね。
OSAMIさんへ
2006/10/04 12:19
ノバちゃん、こんにちは、もうすっかり秋にないもしたが〜〜。
こん前は、わざわざ有難うさん〜.あれれれ〜〜、違うブログ見たいな所から発信元ごわして、またボケが進んだとじゃろかい〜ち慌てもしたと〜〜。
ススキは田舎では邪魔者で〜ぬさん植物ごわしたで〜〜。じゃっどん、タカノハススキもまこっち元気者で〜テワンとよ。植え替えもせんなならんじ。糸ススキもよかごたっよね〜〜。山野草の寄せ植えな〜〜。鉢が増えて大変じゃけど。鉢が増えれば旅行がでけんごなって〜〜。良し悪し〜。
ノバちゃんが行かれた8月の八島湿原はどっさい花が咲いてみごっじゃったね〜〜。うちもそん前行った時は8月で色々花が見られたのよ〜〜。
そうそう、以前ダンギクは地で育てて去年から出てきたっち、そら上手じゃったね〜〜。ほんじゃ〜そろいそろい見にいきもんそ〜〜。うちは何故かこの花は相性が悪か〜と。今シュウメイギクのピンクがほこってほこって、ぬさんとこ〜。そばじゃれば持ってあがって〜〜な。
nobaraさんへ
2006/10/04 12:52
■一花さんへ
 こんばんわ、いつもありがとう。
 以下の記事は今度の集まりのときの下書きです。こちらに貼らせていただきました。参考までに!
>諺に”井の中の蛙大海を知らず”というのがありますが、短歌作者としては、広く見識を持ち短歌に関すること、また、その他の勉強をするのは当たり前のとですが、こと短歌の実作においては、”井の中の蛙”で あるべきです
 こんな話があります。女流歌人の安永蕗子さんが、若いころというか娘時代でしょうか。病気で寝たきり生活が続いて自宅で養生をしていたのだそうです。この時、父親は窓のない部屋ではかわいそうと思ったのでしょう。天窓を作って光が差し込むように配慮してくれたのだそうです。狭い空間から想像が豊富となり、歌があふれるようにできたと懐かしく語っていたのを思い出しました。
ヤス
2006/10/05 19:06
前項につづく
また、他の歌人でも、病院に入院していて歌が豊富にできたのですが、退院したらまったくといって歌ができなくなったと語っています。このように詠いたい対象が見出せたら、余分なもの(言葉、ことがら、環境、その他)を可能な限り排除し、一点集中方式で自分の影がさしているような作歌をすべきではないでしょうか。人によってはやたら難しい言葉を用いたり、ルビを振ったり、自分しかわからない歌を堂々と総合誌しなどに発表したりしています。短歌とは、読者の心の中に入り込み、その人の持つ経験に即して、それぞれの
感動を得るといった一人称文学だと思います。
ヤス
2006/10/05 19:07
ヤスさん、こんばんは。お忙しい中、こちらにコメント有難うございます。
色々とヤスサンも深く勉強されてらっしゃるのですね。何時も不勉強の私にご親切に教えて下さって有難うございます。もう8日の下書きも準備されてらっしゃって、バッチリですね。司会に歌論と大役でしょうが、ヤスさんなら大丈夫でらっしゃいますよ。
短歌に関しては「井の中の蛙」と言うことですね。きっと自分の中に沈潜して対象をしっかり捉え、心の中に言葉の絵を詩を描く作業をする事だと思います。「一点集中」この言葉は良いですね。絵書きも物書きも余計な雑念を捨てて自分の描きたい世界に没頭していますね。でも短歌って、ある程度の予備知識韻律、文法などの下地があってこそ成り立つ文学とも思うのですがそうでもないのでしょうね?
ヤスさんへ
2006/10/05 23:05
短歌とはその人の生き様だと以前も聞きましたが、いい加減な生き方ですので、歌もいい加減です。読者の心の中に入り込めるだけの血の滲むような逼迫した世界、生活(例えば啄木、海人等)をしていないので、なかなか人の心を打つ歌は詠めません。勿論勉強不足でいいかげんですから。
子規も病床から沢山の俳句、短歌を詠んでいますね。でも刺激を受けることは大事ですよね。また色々教えて下さいね。有難うございました。
ヤスさんへ2
2006/10/05 23:06
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