一花一葉

アクセスカウンタ

zoom RSS 北海道旅行P・2ー23(函館・赤レンガ倉庫群)

<<   作成日時 : 2006/11/13 18:38   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

画像
           <赤レンガ倉庫群>

教会の建ち並んだ函館元町界隈の石畳の坂を港の方に下ってくると、目の前に函館港の青い海が見えて、ベイエリアと呼ばれる観光コースが広がっている。
函館文学館、北方民族資料館、北方歴史館、明治館、高田嘉平資料館、郷土資料館、北島三郎記念館、金森美術館、赤レンガ倉庫群など見所一杯の場所だ。
画像
            <金森赤レンガ倉庫>

この界隈に建ち並ぶ大きな赤いレンガ群は、金森倉庫群とも呼ばれ、『明治20年に営業倉庫業用として建てられ、函館港の需要発展に伴い、倉庫不足となるほど勢いづいていた。此処も明治40年の大火で焼けて不燃質倉庫に再建される。のち昭和後期に入ると輸送形態の変化や北洋漁業縮小などにより倉庫業は勢いを失った。だが、赤煉瓦で積み上げられた風格ある姿が昭和63年の大規模な改修で複合施設「函館ヒストリープラザ」として誕生し、金森赤煉瓦倉庫から金森赤レンガ倉庫と生まれ変わった。』とある。
此処は多くの人に知られ、テレビロケ地としても有名だそうだ。
画像
             <金森洋物館>

倉庫の中をぶらぶら見学してみると、お店、レストラン、文化施設として使われており、多くの観光客や、若者、地元の人達のショッピング街ともなって賑わっていた。
お店としては、クリスマス・ショップ、インポート品、生活雑貨、アンティークなど多彩な楽しい店が立ち並んでいて見飽きる事がなかった。
夕べ函館夜景を見に行くとき、この界隈をバスで通ったが、倉庫壁には様々な電飾が施され、夜にはファンタジックな煌きを放ちっていた。函館山から眺める夜景の中でも、此処がひと際明るく耀いていた。
画像

ここの倉庫群は、以前訪れた小樽運河沿いの倉庫群とはまた違い、とても明るく一般市民も利用できる手軽なショッピング街となって、建物は古いながらも、未来へと夢のある場所のようだった。
画像

北海道旅行18(小樽・運河)2006/5/31


近くの水産売り場に入ると、たくさんのイカ食料の品揃えが目につく。土産を色々買って外に出ると、すぐ近くには海が目の前に見え、潮の香りさえ漂ってきそうだった。
画像
                  <函館湾>

この赤レンガ倉庫群の中を通っていくと大きなビール樽が飾ってあり、函館ビヤホールが近くにあったようだが、昼間なので見て通った。
画像
                     <函館ビヤホール近く>

レンガの建物壁には、やはりナツヅタが這っていて、良く似合っていた。もう今頃は真っ赤に紅葉していることだろうか?
画像
                     <ナツヅタ・2006/10/18撮影>

画像


元町坂から此処に降りてくる途中の、並木道の下で見かけたコルチカム。
誰かが昔植えたのだろうか、随分と株が殖えて一重と八重の花が満開であった。道行く人の中に、葉が無く花が咲き、また葉の時期に花が無いので、不思議な花だと気付く人がいるだろうか?今回旅行先のあちこちで、このコルチカムの花を見たが、気候的にこの地に合う花のようだ。手間要らずで、また来年も株が殖えてくれるに違いない。
画像
                     <コルチカム>

赤レンガ倉庫群をみたあと水産卸売り場の朝市街のいけすの中の様々な蟹たちを見ながら、函館駅まで戻ってきた。
函館駅前のベンチに座って、何時間も歩いた足を休めて駅を行き来する人たちをぼんやり眺めていた。此処函館は観光の町として随分発展を遂げて賑わっている。
函館夜景、五稜郭、元町界隈、トラピヌチヌ修道院、ほか赤レンガ倉庫群。そして短歌ファンにとって、此処函館で忘れてはならない人に、石川啄木がいる。
この函館の地をこよなく愛し、この地に眠る啄木。

彼は、明治40年5月から単身函館に渡り、6月から尋常小学校代用教員となり、7月から家族と共に住み、8月には「函館日日新聞」の遊軍記者ともなって幸せな日々を送っていた。
その後、8月の函館大火で学校、新聞社が焼け、9月に学校を退職して札幌、そして小樽、釧路へと移って放浪の人生を送っている。

『「死ぬときは函館で」と願うほど函館を愛した啄木は明治45年4月、26歳で逝った。啄木の遺骨は東京浅草から、妻節子の手によって函館に移され、函館市住吉町の立待岬に「啄木石川一々族之墓」と、「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる」と墨書した木標を建て、葬られた。その後大正15年、親友であり義弟であった宮崎郁雨らの手で新しい墓碑建立が計画され、現在のものになった。 』と資料にある。
また、特に好んだ大森浜と砂山の大森海岸沿いに啄木小公園があり、啄木の座像が海の彼方を見つめている。


「潮かをる北の浜辺の砂山のかの浜茄子よ今年も咲けるや」(石川啄木・啄木小公園)

「函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花」(石川啄木・函館公園内歌碑)

「こころざし得ぬ人人のあつまりて酒飲む場所がわが家なりしか」(一握の砂)

「君に似し姿を街に見る時のこころ躍りをあはれと思へ」(同上)

「函館のかの焼け跡を去りし夜の心残りを今も残しつ」(同上)

「しらなみの寄せて騒げる函館の大森浜に思ひしことども」(同上)

「雨に濡れし夜汽車の窓に映りたる山間の町の灯火のいろ」(同上)

「浜菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土」(与謝野寛)

「啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと」(与謝野晶子)


画像
                   <函館駅>

※北海道旅行記・パート2は、23回までと長い駄文となってしまいましたが、お付き合い下さって有難うございました。



「函館の海 空までも青々し古りたるレンガの街並み賑わう」

「観光の客に溢るる函館の駅前ベンチに啄木思う」

「函館の駅を離れてなお北へ糧を求めて旅せし啄木」

「北国の旅また旅に明け暮れし啄木人生悲しきまでに」

「機上より真近かに見下ろす函館の夜景の耀き眩きまでに」

「夕暮るる函館湾内イカ釣りの船の漁火遥か遠のく」

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
赤いレンガ倉庫のレストランで食べたケーキ美味しかった。
又行きたいなぁ〜〜。食べ放題のレストランもショッピングも
楽しい思い出に地です。
あ・・私も朝1時間ほどテレビをつけますがほとんど見ません。
近くに事件があり聞き込みの刑事さんが金曜日にTV
何見ていましたかと聴かれて見ていません。
と返事したら怪訝な顔していました。
チャミーグリンのコマーシャル老父夫婦は多分10年も前の話です。
ゆう
2006/11/13 19:49
「北国の旅また旅に明け暮れし啄木人生悲しきまでに」がとっても感じます。旅する人は、それが旅だから楽しくもあるが、戻る場所が無ければ、それは旅とは呼べないですね。啄木は、どうだったのでしょうね。函館のレンガは素敵ですね。これらを残して人々はやっぱり凄いなと思います。合理的でないなにかが素敵なこの頃です
hanahhana1952
2006/11/13 21:14
ゆうさん、こんばんは。コメント有難うございました。
この倉庫群の中には、沢山の面白いお店屋がありましたね。こちらでケーキ食べられましたか?覗きましたが〜食事前でしたので、遠慮しました〜。
そして、食べ放題のレストランもありました? 残念!!でも朝がバイキングでしっかり食べましたので・・。
テレビ、朝1時間位しか見れませんよね。あとは殆ど、音楽だけ流してます〜。
>聞き込みの刑事さんが金曜日にTV何見ていましたか?見てませんと返事したら怪訝な顔していました。
それって、金曜日に家に居なかった証拠で、アリバイがないって事?\(◎o◎)/!、あらら〜、益々疑われる羽目に?なりませんでしたか。ヤレヤレですね。コマーシャルは10年前ですか?ああ〜、この頃10年一昔で、昔々のお話で、私には、記憶にございません〜でしょうか〜。
ゆうさんへ
2006/11/13 21:48
hanahhana1952さん、こんばんは。コメント有難うございます。一夜毎に寒くなりますね。
啄木人生、函館から、札幌、小樽、釧路へと生活の糧のために北へ北へと流れて人生の旅をしてますね。でも函館がお気に入りだったそうで、お墓は函館にあるそうです。今回出かけられませんでしたが、漂泊の旅人生。私達は観光の旅を楽しみますが、人の旅にも色々あるのですね。帰るところが無ければ旅とは言えない。そうですよね。でも帰る所が無くても、毎日が人生の旅と考えればいけないでしょうか?「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」(奥の細道)赤レンガ群はしっかりと現代にも役にたって、生き続けていますよね。こんなどっしりとした建物はいいですよね。
hanahhana1952さんへ
2006/11/13 22:03
 一花さん、蝦夷地探訪記もいろいろ書きたいことが満載で、楽しく旅のことを思い出しながら書かれていたのでしょうね。
 函館にもレンガの町並みがあるのですね。レトロとモダンの融合、ということで、ずいぶんと人気もあるのでしょうね。

 コルチカムの花も鮮やかに咲いて、やはり、机の上などで咲かせるより、土の中で自然に咲かせた方が勢いも良く、綺麗に咲くような気がします。

 蝦夷地もすっかり気温が下がり、もう冬の様相ですね。
 ながながと探訪記を読ませていただいて、すっかり行った気?になれました。
なおさん
2006/11/13 23:04
赤レンガにナツツタは似合いますよね。それにしても広い面積にナツツタが這えていますね。今頃は綺麗に紅葉しているでしょうネ。こちらではナツツタの紅葉は終わりかけています。それにしても23回とは長い連載でしたね。見事でした。拍手喝采です。
デコウォーカ
2006/11/14 00:54
なおさん、こんにちは。夕べ遅くコメント有難うございます。寒くなって来て風邪気味で早寝しましたので、お返事遅れました。
蝦夷地探訪記、前回は19回まででしたが、今回は23回と長々しくなってしまいました。今回もお付き合い下さって、またお花の名前など教えて戴き、お世話さまでした。前回も失敗が多いでしたが、今回は何もないと喜んでいて、誰かさんも不思議がっていたら、最後ミカエル様の罰があたったようで、誰かさんの後を慌てて追っかけて走ったら、石に躓いて、0000カエルで、傍の方が見返るさまでした〜。また、誰かさんは知らん顔!!して、近くに居た人が駆け寄ってこられました。もう、これが一番の事件と思い出で、恥多き人生旅でした。これってもう書けませんよね。海中でなくてよかったです〜。
コルチカム綺麗ですよね。あちこちで見ましたよ。レンガ建物、ホント「レトロとモダン」の融合ですよね。古きを訪ねて新しきを知る〜でした。なおさんもお出かけされる時があると思いますが、実際はまだ素晴らしいですので、その日までお楽しみに。観光には良い所ですが、暮らす方には雪との戦いで大変ですよね。
なおさんへ
2006/11/14 14:03
デコウォーカさん、こんにちは。コメント有難うございます。
今回の旅行記は23回までと長くひっぱって〜でした。画像がたくさんあったので、つい似たようなものをたくさん貼ってしまい、長くなりました。お忙しいのに、長く拙い文にお付き合い下って、有難うございました。
北海道は、何処に行っても絵になるような風景でした。赤レンガ建物がやはり何処に行っても目につきますね。何故赤レンガにはツタが利用されるのでしょうね。夏涼しく、冬暖かくでしょうか?夏の葉は遮光ですが、若しかして、葉だけ散ったあとの枝は温まったパイプ役として保温効果の・床暖式?とか。いい加減な発想してます〜。
そちらのナツヅタも見頃が終わりましたね。北海道も、もうそろそろ散る頃でしょうか?
デコウォーカ さんへ
2006/11/14 14:38
横浜も函館も赤レンガ倉庫は人気ですね、ヨーロッパの人が見ると何でと思うでしょうけれど、日本家屋に無いレトルト的な味でしょうか?、デコウォーカさんは丁度御住まいですから、どんな感想をお持ちなのか聞いてみたいですね。
OSAMI
2006/11/14 18:06
OSAMIさん、こんばんは。コメント有難うございます。
やはり明治時代、開港していた、小樽、横浜、函館はレンガ倉庫がありますよね。外国式で造られたもので、耐火の事を考えてレンガ造りになっているのでしょうか?そして、レンガにはツタを這わせるって、植物の効果があるからこそ使われるものなんでしょうね。今度、レンガ家の住み心地、お尋ねして見たいですね?あちらのツタは、3日で散ってしまって早いようでした。
OSAMI さんへ
2006/11/14 21:59
一花さん、函館の赤レンガ倉庫群を見ると、昔行ったデンマークを思い出してます。コルチカムがまたきれいに咲き誇ってますね。
彦左
2006/11/15 16:56
彦左さん、こんばんは。こちらにもコメント有難うございます。
やはり赤レンガは、外国でも多く見かけられるのですね。
横浜とか小樽、函館は外国の影響を受けて、不燃性の建物と言うことで、レンガ造りの建物が多いのでしょうね。デンマークにも彦左さんはお出かけでしたか?世界中殆どの国にお出かけなさってらっしゃるのですね?
コルチカムがまた、ここでも咲き誇ってましたよ。
彦左さんへ
2006/11/15 20:59
北海道旅行P・2ー23(函館・赤レンガ倉庫群) 一花一葉/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる