一花一葉

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zoom RSS 伊勢旅行1(二見町お雛様巡り・その1)

<<   作成日時 : 2007/03/02 20:04   >>

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       <賓日館にて2007/2/26撮影・お雛様の着物生地に屋久杉繊維使用>

先日、名古屋市に用事で出かけたついでに、伊勢・二見の方まで巡って来た。
東京から名古屋までは、新幹線のぞみで1時間37分かかったが、、名古屋から伊勢市までもJR快速でほぼ同じ時間を要し、其処から二見浦の駅までは10分だった。

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          <新幹線車窓より2007/2/25撮影>


伊勢市にある、外宮と呼ばれる豊受大神宮と、内宮と呼ばれる皇大神宮の伊勢神宮参りをした。そしてそこからJRで10分先の二見で、夫婦岩のある二見浦海岸と古い建物の残る町中を巡ってきた。(都合で、お雛様記事を先にアップ)

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               <賓日館・開館前>

二見町は平成17年(2005年)11月1日に合併して新しい伊勢市になっている。
「二見(ふたみ)は二度振り返り見て、その姿は胸を焦がす」と遥か昔、倭姫命(やまとひめのみこと)がこの地を訪れた時、あまりの美しさに二度も振り返えられたとの伝えがある、と伊勢市のパンフレットにある。

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                   <賓日館>

駅を降りて夫婦岩のある二見浦海岸沿いの宿の方に歩いていくと、今では珍しい木造三階建ての純和風旅館や、重厚な木造の建物が軒を連ね、昔なつかしい雰囲気が十分味わえる歴史のある町だった。

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              <賓日館・庭園>

訪れた時、折り良く二見浦の春の風物詩、『おひなさまめぐり in 二見』が2月4日から3月4日まで開催されていた。今年は、前回より展示参加施設も増えて、全103軒で総計5,000体ものお雛様が開放されているそうで、行く先々の玄関先や戸口などに飾られて、二見浦の町並みを彩っていた。
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         <賓日館・2階120畳大広間の床の間>
賓日館公式HP
其処で一番古く由緒ある建物は、賓日館と呼ばれるもので、『明治20年に伊勢神宮に賓客の休憩・宿泊施設として建設され、後の大正天皇、明治嘉仁親王など歴代諸皇族が滞在された、二見町の近代史を語る上でも欠くことの出来ない重要な文化財だ。』とある。

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          <賓日館・2階120畳廊下>        

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   <2階大広間襖>

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<2階大広間天井>

此処は伊勢神宮に参宮される皇族・要人の宿泊・休憩施設であったが、平成11年に旅館業が廃業して、今では市に寄贈されて三重県有形文化財指定となっており、現在二見浦の歴史を物語る建物として開放されていた。(入館料要)

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  <賓日館・2階大広間舞台>
2階の大広間舞台裏底には甕が埋めてあって、丁度水琴窟の様式を取り入れて音の反響を良くしてあり、また舞台の絵は、座る位置によって絵が浮き出てくるそうだ。
そして、床間の天井板には1枚の屋久杉の大板が張られていた。
建物も、細部までこだわった意匠、品格あふれる庭園など当時の一流の建築家、職人の技が見られて興味深く見回った。
天井板を留めてある棹縁がこの部屋では床を指していて今では忌み嫌われる手法だが、此処のある部屋では見られた。田舎の家には同じように床ざしがあった。

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     <床さし天井>

また番頭さんの部屋も立派な調度品があり、作りも立派だった。
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     <帳場>
丁度お雛祭り時で、此処の賓日館には700体の雛人形が3月4日まで飾られていた。
此処に元元あったものや、また娘が嫁いで不要となり寄贈されたものや、この日の為に借りてこられたものなどが各部屋部屋に展示してあった。  
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部屋には、溢れるばかりの雛壇が並べられ、一番古いものは、地元の古刹,大江寺に伝わる200年前のお雛さまが展示されており、また120畳の二階大広間は桃山式の舞台付きで、斎宮歴史博物館の十二単が展示されていた。
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          <斎宮歴史博物館より十二単展示2階大広間>

「仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛(びいな)」(松本たかし)

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             <↑大江寺に伝わる200年前のお雛さま>

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                  <↑チャイナ雛>
 

今新聞でも話題の御殿造りと呼ばれる御殿飾りが何組もあった。『組み上げられた御殿の中に人形を飾る御殿飾りは、江戸時代末期に京都を中心に作られ、戦後関西から西日本一体に広がったが、組み立てが煩雑で手間がかかることから昭和30年代からは段飾りが主流になった』とある。(朝日新聞朝刊3月1日・記事より抜粋)
当時としては、大層立派で高価なものとして経済的余裕のある家しか買えなかったようだ。

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          <1階部屋の様子>


                         <↓御殿飾り雛色々>
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                <↑御殿飾り雛>

此処にも今流行の吊るし雛と呼ばれる縮緬の手作りの小物が飾られており、暗い室内を明るく庶民的にしていた。

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             <吊るし雛>
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カエルの雛は初めてだったが、二見浦にある二見興玉神社には猿田彦大神を祀神として、そのお使いが蛙であったため、カエルの置物がこの町のシンボルとしてあちこちで見られた。

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            <蛙雛>

他にも遊び雛や、平飾りのもの、創作人形、幼雛と百歳雛など多彩なものが並べてあった。

「吾子の眼のすなはち楽しお白酒」(中村汀女)

「雪国のひなの祭りに届きたる桃の花束凍りていたり」(鳥海昭子)

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               <遊び雛「おとぎの玉手箱」>

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              <平飾り雛>

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              <創作人形雛>

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             <幼な雛と百歳雛>

「眼前に雪を戴く富士山をしかと見る間に車窓に消え行く」

「幾度も真白の富士をデジカメに収むる間にも車窓の変わる」

「歴史ある賓日館も継ぐ主おらずに雛の七百体あり」

「幼な雛百歳雛の共々が賓日館の棚に飾らる」

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
一花さん、すごい数々のお雛様ですね。この時期伊勢へ行かれましたか。
200年前のお雛様、チャイナ姿のお雛様まであるのですね。初めてみるものばかりです。私も孫の為に明日終日娘の家です。いまから退屈をドウしようかと思案してますよ。
彦左
2007/03/02 20:20
ご旅行だったんですね。「眼前に雪を戴く富士山をしかと見る間に車窓に消え行く」私の先日の出張の様子みたいです。富士はやはり日本一のやまでしたね。やっぱり鳥海さんはいいですね「雪国のひなの祭りに届きたる桃の花束凍りていたり」(鳥海昭子)優しいのいいな
hanahhana1952
2007/03/02 20:20
伊勢参りでしたか。天気も良くて楽しい旅だった事でしょう。明日は雛祭りで、ブログもそれに間に合いましたね。百歳雛も有るんですね?初めて見ました。年寄りが元気で過ごす様に、子供が祝ってくれるのでしょうか?富士山がズームでバッチリと撮れていますね。のぞみの車窓からでは大変に難しいとおもいます。パチ!パチ!パチ!です。
デコウォーカ
2007/03/02 20:33
彦左さん、こんばんは。コメント有難うございます。
この時期、毎年町をあげてお雛様巡りがあり、今年は5,000体が飾られて、そのうち700体がこの由緒ある建物の賓日館に陳列してありました。建物も素晴らしく豪華で、建築として見ても見ごたえがありましたよ。明日は彦左さんも、お孫さんの為のお雛様ですか?例の双子ちゃんお孫さん相手で楽しみですね。
彦左さんへ
2007/03/02 22:18
hanahhana1952さん、こんばんは。コメント有難うございます。
名古屋に用事で出かけて、徳川美術館も見る予定でしたが、用事が長くなって、見れませんでした。でも二見の方でお雛さま巡りがあって、少し古いものや、数的に多くを見れました。それと此処の賓日館と二見浦の古い旅館の町並みがとても良かったですよ。二見浦海岸も良かったです。
新幹線の車窓からの富士撮影は難しいですね。以前神戸にお出かけの時、上手に撮ってらっしゃいましたね。
鳥海さんの歌は、雪国の桃の花束、凍っていたとの独特の冷たさ寒さが良いですね。寒い中にも春の喜びが出ていますね。
hanahhana1952さんへ
2007/03/02 22:26
デコウォーカさん、こんばんは。コメント有難うございます。
お伊勢参りって、一度はして見たかったのですが、冥土への土産みたいですよね。 でも平日でしたが若い人も多く、こんなに人気なのかとビックリでしたよ。やはり日本国民の総氏神様の天照大御神さまをお祀りしてある内宮は魂の故郷なんでしょうか?此処もですが、おかげ横丁と言われるお土産屋や食べ物屋も賑わって、商魂と食い気もまた逞しいものよと思いました。明日は雛祭りで写真がたくさんPCにあって、また明日もアップです。やっと新幹線から薄呆けた富士山が撮れました。何時もデコウォーカーさんの富岳百景は素晴らしいですね。
デコウォーカ さんへ
2007/03/02 22:38
 一花さん、何日かお留守と思っていたら、お伊勢さん参りだったのですね。昔は水杯をして、東海道を歩いて行ったということですが、伊勢参りの講もずいぶんあったようですね。
 明日の雛祭りにあわせて、ずいぶん見事なお雛様を見せていただきました。やはり、伝統のあるところのお雛様は見事ですね。
なおさん
2007/03/02 23:08
700体の雛人形とはすばらしいですね。
あらためて雛人形を飾る日本の文化を思ってしまいます。それに「チャイナ雛」や「蛙雛」などを、いったいどのような人が作って、どのような人がそれを購入し飾ったのか、こうした遊びを楽しんだ人たち想像してみるだけで興味が深まります。
一昨年、JRの駅に「谷地のひな祭り」のポスターがありました。東北の片田舎でも雛人形を楽しんでいたという日本の文化に誇らしいものを感じています。
hirasan
2007/03/03 01:50
わぁ・・・楽しい。。
じっくり、ゆっくり、見たい気がします。
春を待ちわびながら見る、お雛様は、やはり楽しみですね。
我が家は新築した時に、行方不明に・・・
他にも幾つか、運んでいただいた時に不明に。
(母は、余り気にしない人なので、後で気付いたんですよ)
だから、とても懐かしく嬉しい気持ちになりました。
chiemi
2007/03/03 03:07
なおさん、こんにちは。夕べ遅くにコメント有難うございます。
名古屋に用事があり、序にお伊勢さん参りしてきました。食いしん坊で、赤福だけは何時も美味しく食べていましたが、まだ日本国民の総氏神様の天照大御神さまをお祀りしてある場所も拝んだこともなく、恥をかきつつ生きていますので、そろそろ冥土への土産としましょうか?なんて思って・・。
伊勢の神様も20年に一度新しい神殿を造り、ご装束、神宝を古式のままに調進して、清々しい新宮へ大神様がお遷りされるそうですね。木曾から杉を伐って御用材を運ぶ「お木曳き行事」も去年5、6月に終わり、また今年5月にあるそうです。一般参加の一日神領民参加募集のパンフもありました。(参加料7500円です〜)伝統文化継承も大事なのでしょうね。
伊勢参りをして感じたのは、随分若い人も多くまだまだ日本も安泰のようだと思いました。おかげ横丁は内宮と対称的で、人間の性丸出しのようでした。此処の賓日館のお雛様はまだ庶民のものですが、でも立派ですよね。徳川美術館のものはまだ格が違い、観たかったのですが・・。
なおさんへ
2007/03/03 11:47
hirasan さん、こんにちは。コメント有難うございます。
ここの二見町には5000体あるそうで、生涯学習センターに1000体、そしてこの賓日館に700体ありました。結構此処のものは庶民のものの中でも、立派なものがあるようでした。皆、娘の成長と嫁ぐ日を夢見て、そしてある意味で調度品として求められたのでしょうか?雛祭りの起源は、『3月3日の上巳の節句の薬草摘みだったが、やがて人の形をした紙の人形(かたしろ)で体を撫でて、それを川に流し、神送りすることで穢れを祓い災厄祓いを願った。流し雛は、源氏物語の「須磨」にも出てくるほど歴史ある行事で、まだ各地で残っている。やがてこの行事が宮中のひいな遊びへと発展し、雛祭りへと変わっていったそうだ』とあり、今日の記事に書きました。日本の伝統行事も大切に受け継がれ、愛情で包まれて、日本人独特の細やかな心が育っていったのでしょうか?別に立派な雛飾りでなくても、わが子の成長幸せを願う親心は変りませんよね。今、日本全国あちこちで、雛まつりの行事があるのですね。徳島の勝浦町のビッグ雛祭りは10000体とか凄い数のようですよね。
hirasan さんへ
2007/03/03 12:10
chiemiさん、こんにちは。真夜中にコメント有難うございます。相変わらずお忙しそうですね。御身体大事になさって下さいね。
此処のものは庶民のものでも、ちょっとも良いものがあったようです。手作りのものなどは可愛くて、手に取って見たくなりましたよ。
一針一針に籠められた娘への成長と幸福を願った愛情が縫いこまれ、見る者にも、よそよそしくなくてオリジナルでとってもいいですよね。
お引越しの時に居なくなったのですか?きっと他所で大事にされているかも知れませんよ。眺めていらっしゃる、その方の分まで思いが重なって、良いお顔をされて、雛には違う意味で幸せかも知れませんね。お母さまの施し許しの広い心で育たれてchiemiさんもお幸せでしたね。自分の所有のものは借り物と言う気持ちもまた大事な事で、人間の心の広さにも繋がりますよ。こうして優しいお顔を見せて戴くと、人の心も自ずと洗われるかも知れませんね。雛祭りは、もともと人の形をした紙の人形(かたしろ)で体を撫でて、穢れを祓い災厄祓いを願った神送りの行事だったそうですから、水に流すことも大事かも知れませんね。(偉そうにすみませんね。)
chiemiさんへ
2007/03/03 12:27
横浜人形の館などでお雛様を見たことがありますが、これはすごい!拝見していて圧倒されました。
目黒のおじいちゃん
2007/03/06 04:29
目黒のおじいちゃん こんばんは。コメント有難うございます。
町興しの一貫としてこの町全部で5000体で、此処の賓日館だけで700体でしたが、此処のものは市民レベルとしては、ちょっと良い物が多かったようです。徳島の勝浦町では、ビッグ雛祭りとして町で1万体だそうですね。
目黒のおじいちゃん へ
2007/03/06 19:31
天井の棹縁が床の間を指すのは普通は忌みきらう作法ですので珍しいかと思います。床の間の落とし掛け材は中央があがり左右がさがっていまして材のくせ(曲がり)を上手に活かしてむくらせているのがうれしいです。
床の明りとりの地障子に紋章がはいっていて、なんとなく隠れキリシタンを思わせるところがありますね。以前九州天草を旅したころの印象からそんな気がいたしました。お伊勢参りの客、特に名のあるひとたちの接待に使うため建築にはしっかり時間とお金をかけたことが偲ばれますね。
目黒のおじいちゃん
2007/03/07 08:04
目黒のおじいちゃん、こんばんは。コメント有難うございます。
またわざわざ3枚の画像を見てくださって、コメント戴きお手数おかけしました。建築のことにコメント戴いて、分かって下さる方がいらして嬉しいです。私は専門用語は分からないのですが、とても贅を尽くした建物で、見ていても興味があり、思わず夢中で時間もかけてあちこち見ました。前・後の庭園も素晴らしかったですよ。今風の家と比べて、とても贅沢な材木で作られ、どっしりとした建物で、部屋夫々が違った造りでした。こんなに手を入れて造られて、お客様接待の部屋部屋として満足されたでしょうね。
東京で家を建てるとなると、土地代がかかってしまってなかなか思うような家が出来ないです。そして今風に高気密で作ると、冷暖房設備、床暖などの設備費に多くかかってしまって、どこかで操作して安普請になるようです。私の田舎の家は120年前に作られた古いものですが、改装したりしてもまだしっかりとしています。跡継ぎの人の為に、年老いた母が存命中にせっせと手を入れて貰っているようです。
夕べの3日のコメント返事で、水琴窟が水禽窟となっていました。いい加減性格ですみません〜。
目黒のおじいちゃんへ
2007/03/07 18:31
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